鍼灸を科学的解説

筋・筋膜疼痛症候群に対する鍼の効果

筋・筋膜疼痛症候群とは

1. 筋・筋膜疼痛症候群は、筋・筋膜が原因で生じた痛みの総称であり、顎関節症(Ⅰ型)や緊張性頭痛、さらには慢性的な頸部痛や肩痛、腰痛など幅広い領域の痛みに関与している。
2. 筋肉の痛みは、血液検査やMRIなどの検査では見つけることができないことから、筋肉の痛みに関する知識を持つことが大切である。
3. 筋・筋膜疼痛を引き起こす原因はトリガーポイントと呼ばれ、①索状硬結の存在②痛みの認知(症状の再現)③局所単収縮反応(LTR)などを兼ね備えた部位であり、その部位は診断や治療に用いられる。
4. トリガーポイントに対する治療では、注射や鍼治療、dry needingなど様々なものが用いられており、臨床的な効果も高い。
5. トリガーポイントに対する鍼治療に関しては、近年エビデンスが確立しつつあり、注射と同様の効果を有する。
6. トリガーポイント鍼治療のメカニズムは、一般の鍼治療と同様、末梢性、中枢性、その他様々なメカニズムを介して効果を発揮している。

筋・筋膜疼痛症候群に対する鍼灸治療のメカニズム

筋・筋膜疼痛症候群の鍼灸治療では、その刺激部位としてトリガーポイントに治療を行うことが多い。トリガーポイントはポリモーダル受容器の感作部位であると考えられることから、トリガーポイントへの刺激はポリモーダル受容器を興奮させ、一般的な鍼灸治療と同様に様々な効果をもたらすものと考えられる。特に鍼を体内に刺入した時の神経活動を観察すると、鍼刺入時には一過性にAδ線維が興奮し、その後Aβ線維が興奮している。また、得気と呼ばれる重だるい感覚が生じたときにはC線維の活動も認められる

以上のことから、鍼灸治療の効果は生理学的にポリモーダル受容器などの末梢受容器を興奮させ、Aβ線維、Aδ線維、C線維それぞれの神経を賦活することにより起こるものと考えられている。
そこで鍼灸治療の治効機序を疼痛局所と遠隔部に分けて考えてみる。

⑴疼痛局所における鍼治療の治効機序

一般的に、Aβ線維が活性化すれば、ゲートコントロール説に代表される脊髄分節性の鎮痛が起こることが知られていることから、置鍼などの手技はAβ線維を活性化し、脊髄分節性の鎮痛を起こしているものと思われる。また、ポリモーダル受容器を介してC線維が活性化すると、C線維の興奮は逆行性に伝わり神経性炎症を引き起こす。神経性炎症は血管拡張を起こすことから、局所の血流改善につながり、局所に蓄積した発痛物質を除去することで痛みの軽減に関与しているものと思われる。さらに、脊髄においてはエンケファリンなどの内因性オピオイドや抑制性の介在ニューロンによる鎮痛も報告されている。

一方、疼痛局所に炎症などが認められると、組織修復のためにリンパ球やマクロファージなどのオピオイド含有免疫細胞が集まるが、そのような状況下で鍼灸刺激が加わると、免疫細胞はオピオイドを放出し、末梢に存在するオピオイド受容体と結合することで末梢性の鎮痛を引き起こすことが知られている。

さらに、最近では鍼を刺入することで起こる微小組織損傷により放出されたアデノシンが、アデノシンA1受容体を介して鎮痛を起こすとの報告もあり、疼痛局所では末梢・脊髄を含めた様々な鎮痛機構が賦活されているものと思われている。

⑵遠隔部における鍼灸の治効機序

一方、遠隔部に鍼灸刺激をすることで脊髄後角を経由して延髄大縫線核や中脳中心灰白質、橋青斑核などを興奮させ、下行性疼痛抑制系などの中枢性の鎮痛機構が賦活されることも知られている。これらの効果は、局所に鍼治療を行うよりも長い後効果を有することから、長期的な治療効果のメカニズムと考えられている。また、鍼灸刺激は鎮痛系を賦活するだけでなく、様々な効果を引き起こすことが知られている。特に、体性―自律神経反射(体制―内臓反射)を介して各臓器の機能を調節することや、NK活性やサイトカイン産生に影響を及ぼすなど、自律神経系や免疫系にも作用することが明らかとなっている。さらに、鎮痛時に誘発される内因性オピオイド物質には、抗ストレス作用や免疫系に影響を及ぼすことが報告されている。

このことから鍼灸刺激は単なる痛みの治療としてだけでなく、消化器機能や循環器機能の調節、睡眠状態や抑うつ気分の改善に伴うリラクゼーション作用など様々な効果が期待できるため、痛みの悪循環に総合的に影響することで、痛みの軽減に役立っているものと考えられる。

そのため、痛み以外の症状が認められる場合には、局所のトリガーポイントに加えて遠隔部への刺激が有効である場合もある。

参考:鍼灸臨床最新科学―メカニズムとエビデンス P228,231,232

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